森と寄り添う暮らし vol.4

LIFE
2023.8.25(thu)

多拠点生活やリモートワークといった
暮らしと働き方の変化に伴い、

はるか昔から人々の身近にある「森」との関わり方にも多様性が生まれています。

ここでは様々な角度で樹々と関わる方に話を伺い、「森と寄り添う暮らし」のヒントをお届けします。

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いつか、自分で伐採した丸太から
ウィンザーチェアを作りたい


サイトを見ると、精緻な佇まいの中にどこか伸びやかさを感じる家具が並んでいた。「木工yamagen」の西山元気さん・美月さんのふたりが生み出す家具は、端正にして艶っぽく、見る人を惹きつける。

“もし椅子を作れたらそれってどんな気分だろうか。
ってずっと思ってたし多分忘れないと思う。”


フォロワー数11.1万人の木工yamagenのインスタグラムには、ある日こんな言葉が綴られていた。

ふたりはどうやって木工と出会い、どんな思いで家具を作っているのだろう。培った技術を余すことなく目の前の家具に注ぎ、さらに高みを目指して作り続ける気概はどこからきているのだろう。

西山さんご夫妻を訪ねるため長野県・富士見町にある工場に向かったのは、よく晴れた5月のある日。私たちの車の音に気づき、元気さんが出迎えてくれた。
山元


傷がついてボロボロになっても
かっこいいんです

「僕の魂は肘の先にすべて詰めてあります」

そう言って元気さんは、木工yamagenの代表作「Crescent chair」の肘掛けの先に触れた。

背もたれ部分の縦の棒や、厚みのある座板から「ハ」の字型に広がる脚が特徴的なウィンザーチェア。17世紀にイギリスのウィンザー地域で作られたのが始まりと言われている。もともとは庶民の家で使われていた実用的な椅子だった。
山元
「作っていてすごく楽しいんですよね。材からパーツを切り取る木取りに始まり、削る、曲げるなど、木工の原点みたいな作業が最初から最後まで続くんです。その家のおじさんが何年にもわたって色を塗り続けてきたから、何かの拍子に違う色が下から出てくるとか、もともとがそういうスタイルの椅子なので、適当に扱える値段ではないけど適当に扱ってほしいなと思っていて。傷がついてボロボロになってもかっこいいんです」

写真で見ていたCrescent chairは、実際に腰掛けると、想像していたよりもずっとおおらかで心地よかった。私のためにしつらえてくれたのだろうかと思うほど、お尻や背中にフィットする。取材中、何度も無意識に手で触れてしまうほど、肘先のラインはなめらかで気持ちがいい。

「丁寧に作られている」と人はどこを見て感じるのだろうと、ふと思った。

U字型にカーブした背面の板。そこから伸びる7本の細い棒。三日月形のシルエットが施された座面は、お尻や太ももの丸みに合わせゆるやかな波形を描く。どの角度から見ても、隅々にまで気を使い作られていることが伝わってくる。この椅子を作った人はきっと、楽しかったんだろうなとも。
山元


先輩のいない修行時代

元気さんと美月さん、ふたりが木工に魅了されたのは、職業訓練校に通っていた時だった。

「初めは本当になんとなく、『1年間勉強できるのなら行ってみようかな』くらいのつもりでした。木工を始めたのも、材料が手に入りやすかったからですし」と元気さん。

高校卒業後、バンド活動とアルバイトをしながら暮らしていた元気さんは、ホームセンターで木材を買ってきては簡単な台やギタースタンドを作っていた。ある時、軽い気持ちで家具屋さんになる方法を調べたら、技術を身につけ新たな仕事に就くことを支援する職業訓練校の存在を知った。元気さんは当時住んでいた川崎市から比較的通いやすい、東京都立足立技術専門校(現東京都立城東職業能力開発センター)の木工技術科に入学することを決めた。

「まず、道具が好きになりました。鑿(のみ)や鉋(かんな)を一生懸命研いでいましたね。年上の受講生の熱意に圧倒されながらも、どんどん楽しくなってきて、途中からは本気で勉強したいと思うようになりました」

1年間の研修期間を終え、自宅近くの内装工事会社が新たに立ち上げた家具部門で働くことになった。木工職人は元気さんただひとりだった。

「入社した時は木工用の機械もなくて、家具を作るための環境を整えるところからスタートしました。職場で家具を作るのは僕だけだったので、わからないことは本やインターネットで調べたり、職業訓練校の先生のところに質問しに行ったり。とにかく自分で考えてやるしかない状況でした」

山元
いっぽう美月さんは美大を卒業後、デザイナーとして印刷会社に就職。ほどなくして趣味楽しんでいた木工の方が面白くなり、仕事を辞めて東京都立品川技術専門校(現東京都立城南職業能力開発センター)の木工技術科に入学した。

「木工は、墨付け(鉛筆でつける印)した通りにきっちり切る・削るなど、一つ一つの工程が重要です。発想の独創性が評価される美大では、周りの人に勝てないと感じることも多かったのですが、丁寧に何かを作ることであれば向いているのかもしれないと思って。初めは軽い気持ちで職業訓練校に入りましたが、卒業する頃にはもう木工しか考えられないと、心が決まっていました」

「無垢の木を扱っていた家具屋さんの中で家から一番近かったから」という理由で、川崎市の工場に就職した美月さんは、そこで1年先に働き始めていた元気さんと出会う。

「ほとんどテーブルしか作っていなかった」という7年間の修行時代を、元気さんはこう振り返る。

「周囲に先輩がいるような工場で修行した人に比べると、知らないこともいっぱいあるので、家具製作専門の工場に入ればよかったと思う気持ちもあります。でも、修行時代に自分でどうにかする力が身についたからこそ、こうして独立して10年以上続けてこれたのかなという気がしています」






頼まれた仕事は全部引き受けた

2012年、ふたりは結婚と同時に独立。「仕事あるの?」「甘くないよ」といった周囲の声を振り切り、貯金をはたいて必要最低限の機械を買いそろえ、横浜市に工場を構えた。

「頼まれた仕事は全部引き受けていました。ほとんどが知り合いや、そのまた知り合いの方からの依頼でした」と元気さん。

木工yamagenを代表する作品のひとつ、三日月形の彫りが特徴的な「Crescent stool」は、独立して2年目に考案したものだという。
「仕事はないけど何かしないといけないと思って、自分のために作業用の椅子を作ったのがきっかけです。以来、マイナーチェンジをしながらいまも作り続けています」
山元 山元 ふたりは、木工になじみのない人にも気軽に立ち寄ってもらえるようにと、工場のオープンデーをつくった。

「オーダー家具は高額な買い物なので、不安に感じる方もいらっしゃると思います。オープンデーで直接お会いして話すことで、『この人たちになら任せてもいい』と少しでも安心してもらえたらと思って始めました」と美月さん。

「ただただ工場を開けているだけなんですけどね。僕が他の方に何か頼む時、もし同じようなものを作るのなら、やっぱり気が合う人や感じのいい人、ちょっと面白そうな人に頼みたいなと思うので。お話しして、気に入ってもらって、注文してもらえるのが1番うれしいです」と元気さん。

2018年頃からは海外への発送も始めた。お金のやり取りの方法も商品の送り方もわからなかったが、インターネットで調べては試してみるの繰り返しで、少しずつ大きな家具を送れるようになった。いまでは年に数件「送料が高くてもいいから送ってほしい」と、海外の顧客から注文が入る。






横浜から長野県・富士見町へ

2022年3月、元気さんと美月さんは、工場と生活の拠点を横浜から長野県の富士見町に移した。

「独立した当初は知り合いの方からご依頼をいただくことが多かったので、人に会いやすい東京近郊に工場があった方がよかったんです。でもここ数年で、SNSやサイトを通してお問い合わせをいただくことが増えたので、それだったらもう少し気持ちよく働ける場所を探したいなと思って。上の子が小学生になっていたので、家族で移住するなら早いほうがいいと思い、工場移転に向け動き出しました」

ふたりは2021年の夏に本格的に家と工場探しを始める。先に工場が、そこから数カ月遅れて家が見つかり、移転を決めてからわずか半年ほどで富士見町に引っ越すことになった。

「長野での暮らしはどうですか?」と尋ねると、間髪入れずに「最高ですよ」と元気さんから返ってきた。冬の寒さがとにかく心配だったという美月さんは、「空気がきれいだからか、都会の寒さと違って気持ちのいい寒さだなって。子どもたちは外遊びを満喫しています」とほほ笑む。
山元


木工yamagenのサードアルバム

元気さんは、木工yamagenの現在を「サードアルバムを作っているところ」と評する。 「パンク・ロックバンド『ザ・クラッシュ』の作品で僕が一番好きな『ロンドン・コーリング』というサードアルバムがあるんです。彼らはそのアルバムの中で、レゲエ、ソウル、ジャズ、パンク、いろんなジャンルの音楽を自分たちの曲に取り入れて、自分たちの音で鳴らしていて。僕が目指しているのもそこなんです」

元気さんは続ける。
「最初はね、やっぱり王道にならざるを得ないし、そうなっちゃうんですよね。それが2、3年くらい前から、いろんなエッセンスを取り入れて、それを自分なりに出していけるようになったというか。すごくシンプルな中に、『ここにしかないもの』がどこか1か所でもあればいいなと思っています」

「ウィンザーチェアで言うと、それがこの肘先かな」そう言って元気さんは笑った。

オーダー家具の製作を続けながら、今後は「Crescent stool」や「Crescent chair」のような定番のオリジナル商品作りに力を入れていきたいと話すふたり。デザイン、強度、使い心地。考え抜かれた木工yamagenの家具は、使い手の暮らしになじみ、やわらかな存在感を放つ。

「最終目標は、自分で伐採した丸太からウィンザーチェアを作ることです」
山元



【木工yamagen】
HP:https://www.mokkouyamagen.com 
Instagram:https://www.instagram.com/mokkouyamagen/?hl=ja

Text_Nana Akasabi